最近、ジョー・力一(りきいち)というバーチャルYouTuberにハマっている。
彼にハマったいきさつや、彼に対しての私の感情については本題に関係ないので割愛させていただくが、とにかく面白さの詰まった人物であることは先に伝えておきたい。
力一氏は雑談と歌をメインに活動していて、どちらも面白いのだが、特に歌の配信に関しては他にない魅力がある。
平沢進や筋肉少女帯の楽曲のみを延々と歌い続けるという、ちょっとしたミーハーでは入りづらい、逆に言えば狭い層のツボにクリーンヒットするような配信を行っているのだ。
そんな力一氏は先日「にじロック」という、「にじさんじ」所属のバーチャルライバーがリレー形式で30分ずつ歌配信をするロックフェス企画に参加している。
どの方の配信もそれぞれ違った良さがあるのだが、力一氏の配信は中でもズバ抜けてエンターテイメント性が強く出ていると私は感じた。
力一氏は配信のサブタイトル(?)に、「年の瀬の魔物」という名前を冠し、「夏の魔物」というフェス(ほかに春の魔物、冬の魔物も開催している)のオマージュ形式で配信を行ったのである。
YouTubeでは、画面を動かすことで360°をぐるりと見渡せる設定で配信ができる。力一氏はそれを利用して、視聴者の視点の前後にステージを用意し、まずは前のステージで歌唱、一つの演目が終わると、インターバルを挟まず後ろのステージへ、そしてまた演目が終わると前へ……という、本家のフェスで行われている方法を再現してみせたのだ。
しかも、歌の曲目がまた渋いところを突いてくるのである。一曲目から順に、
人間椅子『陰獣』『林檎の泪』
ステージが変わって、戸川純『好き好き大好き』
小沢健二 Featuring スチャダラパー『今夜はブギー・バック』
ステージが変わって、でんぱ組.inc『でんでんぱっしょん』
米津玄師『Lemon』
宮村優子『Ruktun or Die』
ステージが変わり、物販というインターバルを挟んで、大槻ケンヂ『あのさぁ』
最後は真っ黒の背景だけになり、フラワーカンパニーズ『深夜高速』
以上だ。
どうだろう、有名どころの『今夜はブギー・バック』『Lemon』しか知らない、という人も中には多いのではないだろうか。かくいう私も数曲しか知らず、どれも一回は聞いたことがあるかな、くらいのもだった。しかし、そんな私でも、この「年の瀬の魔物」を存分に楽しむことができた。
一曲目の人間椅子から私はグッと配信の世界観に引き込まれたのだが、特筆すべきはでんぱ組.inc『でんでんぱっしょん』から始まる、DJ掟ポルシェ氏をオマージュしたステージであろう。このステージでは短いスパンで目まぐるしく楽曲が入れ替わり、織り交ざり、本当のDJプレイを見ているかのようなステージに仕上がっている。
さらに、曲目が進んで宮村優子『Ruktun or Die』が始まると、ジョー・力一氏の顔面がまず画面の四方に表示され、「にじさんじ」に所属する雨森小夜氏の画像が高速でぐるぐると視聴者の視点を中心に回転し、大量のたらこ(顔は力一氏)が画面を占拠する……。私の稚拙な文章力ではこの表現が限界なので、わからない方はぜひ配信の方をご覧いただきたいと思う。
とにかく、悪夢と言っても差し支えのないような、混沌の世界が広がるのである。そう、悪夢が侵食してくるような……
さて、ここでタイトルの筒井康隆著『パプリカ』が、私の頭をよぎる。
『パプリカ』のあらすじを簡単に説明しよう。
近未来、科学は発達し、一部でDCミニという装置を使って人間の夢の中に侵入するという方法で精神的な治療が行われていた。そんな中、DCミニが盗難される事件が起こる。主人公たちはDCミニの行方を追うのだが、やがて様々な要因によってチップは暴走し、夢の世界が現実を侵食し始めてしまう。
この作品は映画化されていて、原作は読んでないけど映画は見たよ、という方もおられると思う。確かに映画の方も素敵で面白い。けれども、私は原作の方が好きだ。
終盤の夢が現実に侵食していくシーンの切迫感や、その中で繰り広げられるどたばたアクションの中での混沌の深さは、やはり原作の方がより強く感じられる(映像では混沌の描写が綺麗で美しすぎるからかもしれない)。
それにエピソードも原作の方が多く(映画版では登場人物が少なくなっていることに起因する)、ラストシーンでは読者が二重に混乱するようなトラップも仕掛けられている(もっとも筒井氏本人はそんなこと考えてないかもしれないが)。そういった面でも、私は原作の『パプリカ』を推したいのだ。
という話はさておき、私はこの「悪夢が侵食してくる」という部分と同じ感覚を、「年の瀬の魔物」DJ掟ポルシェステージで味わった。
ここで感じる不安感は、いわゆるつり橋効果のようなものだ。恐ろしげな悪夢、それによる焦燥感、不安感……そんなものが、ここでは一種の感情の盛り立てに一役買っているのだと、私はそう思えてならない。そして、私は前述の『パプリカ』とこのステージを照らし合わせて得られた既視感によって、より強く彼のステージに酔うことができたのだと確信している。
私は、ぜひ皆さんにも同じトリップを味わっていただきたい。
なお、ジョー・力一氏は筒井康隆氏の作品を愛読しているらしい。そして映画版『パプリカ』の音楽も、同じく力一氏が愛聴している平沢進氏が担当している。こちらも『パレード』『白虎野の娘』といった名曲揃いであるし、なんとこれが、原作に合わせて聞いても結構合うのである(あくまで個人の感想だけれどもね)。
以上の事柄を鑑みても、ジョー児(力一氏のファンの総称)の皆さんにとって『パプリカ』は、結構とっつきやすい文学作品なんじゃないかな、と私なんかは思う。
さて、もしもここまで読んで、少しでも『パプリカ』を面白そうだな、と思った方は、ぜひ本書を一読していただきたい。いささか分厚い本ではあるけれども、きっと読んで損はしないはずだ。
そして、『パプリカ』や筒井康隆氏の作品が好きだな、という方はぜひ力一氏の配信を見てみてほしい。ちょっとしたユーモアや発言の中に、ツツイズム(勝手に作った造語。そんなものはない)が流れていることがわかる瞬間があるだろう。
なお、ジョー・力一氏はにじさんじ所属の雨森小夜氏、でびでび・でびる氏と「悪夢組」というユニットを組んで、まさに悪夢を再現したかのような動画も上げられているので、そちらも併せてご覧いただきたい。
なんて、偉そうに講釈を垂れてきた私だが、実は筒井先生の作品は『パプリカ』『旅のラゴス』『残像に口紅を』ほか、短編集を少し読んでいるだけなのである。私もこれを機に、正月のゆっくりした時間を利用して、積んである『薬菜飯店』でも読んでみようと思う。あれ、なんだかジョジョの四部に似たような話があったなあ……。