MORYO通信 ~Urbs Communication~

本を読んで勝手にいろいろ言います

月ノ美兎 おもしろきこともなき世をおもしろく 『すべて今世の私が悪い 著 ひゃくまる』

月ノ美兎といえば、今やインターネットを利用しているオタクの大半はその名前を聞いたことがあるような存在になっている。

美兎氏はにじさんじから1期生としてデビューするや否や、その清楚な見た目から放たれる奇想天外なエピソードや変な方向に豊富なボキャブラリーの数々でファンを増やしていった。彼女が観たことがあると言及した映画『ムカデ人間』や彼女がプレイした実写ゲームを制作するヨーロッパ企画などは、ファンの間で話題になったことでその名前がより広く知られるきっかけにもなるなど、その影響はVtuberの世界にとどまらない。

現在の「奇人、変人の集い」というイメージが強いVtuber文化のパイオニアである美兎氏。ロー〇ング・ストーン紙が選ぶ最も偉大なVtuber100があるのであれば、確実に上位に入ることは間違いがない人物である。

 

そんな美兎氏の魅力はたくさんあるわけだが、特筆してひとつ挙げるとすればやはり内容の濃いフリートークであろう。雑談配信などで語られるエッジの利いたエピソードの数々にはやはり興味が引かれる。

クリオネを踊り食いしたり、路上で自らの絵に高値をつけて販売したり、生肉をレジン加工したりと、それらは枚挙にいとまがない。

 

そんなやや特殊なエピソードが載っているエッセイをひとつ紹介するならば、ひゃくまる(@osiroiobake)著『すべて今世の私が悪い』であろうか。

ひゃくまる氏といえば、かつて文化放送超!A&G+で放送されていた『矢作・佐倉のちょっとお時間よろしいですか』のクレイジーリスナー(名物ハガキ職人)であり、当時このラジオを聞いていた人間ならば忘れ得ぬ人物であろう。

現在もTwitterなどで活動をされており、Youtubeでも時たま配信を行うことがある。興味がある方はそちらを見てみるのもいいだろう。

ひゃくまる氏のエピソード(これはエッセイ内のものではなくラジオに投稿されたもの)を少し紹介すると、小学1年生の姪にラッピングしたブロッコリーをプレゼントする、飲み会で恋バナを振られた際にゴリラのモノマネで切り抜ける、無言電話をしてきた相手に7カ月にわたって「あなたケンシロウ、私ラオウね」と言い一方的にラオウになりきって喋り続けるなどなど……。実にクレイジーである。

 

さて、これらのエピソードだが、どこか美兎氏の語るそれに似た面白さを感じないだろうか?

 

例えば、ひゃくまる氏はエッセイ内で散歩が好きであり、道端の張り紙を見ることが好きであるというエピソードを語っている。

美兎氏も同じように、町中で変なものを見つけることを一種の趣味のようにしている印象がある。それが如実に見られるのは「月ノ美兎の放課後ラジオ」、通称「みとらじ」の第8回だ。


月ノ美兎の放課後ラジオ #8

こちらは美兎氏が毎回ゲストを呼び、募集したお便りからトークを広げていくというようなラジオ形式で行われる配信だ。

モンスターブロガーの化身VtuberのAru子氏をゲストに迎えて行われた第8回では、乗っていた船が事故に遭い海上に放り出された二人が、「走馬灯が見たい」と言ってお互いに今までに撮ってきた面白い写真を紹介しあう、という放送になっている。

しかしこれも「変な格好をしている人が歩いている」というような面白い写真ではなく、例えば「犬じゃない.あなたの常識は?」と書かれた「立ちションにキレすぎて結局何が言いたいのかわからなくなっちゃってる張り紙」というような、少し変わった角度から見た結果面白さがわかるようなものばかりなのだ。

『すべて今世の私が悪い』の中にも、犬の糞の処理にキレすぎている張り紙が面白い、というような記述があり、これには類似性を感じざるを得ない。

 

美兎氏と少しだけ似ている感性を持っているひゃくまる氏。

そんな彼女が自らの半生を綴った『すべて今世の私が悪い』、美兎氏のトークが好きであるという方であれば、きっと気に入る内容になっているはずだ。BOOTHにて販売中であるので、ぜひ手に取っていただければと思う。

 

 

さて、そういったような部分を見て、なぜ自分とは違って彼女たち(Aru子氏も含めて)だけがそんなに面白いエピソードを手に入れることができるのか、と考えている方もおられるかと思う。そして、彼女たちと自分は生きている世界が違うのだ、と結論付けてしまっている方も多いのではないだろうか。

しかし、それは少し違うように私は思う。なぜなら彼女たちが生きている世界も、私たちが生きている世界も同じものであり、彼女たちの生きている周囲だけが特別であるということはいろいろな点で考えにくいからだ。

 

美兎氏は以前、文化放送超!A&G+で放送された「月ノ美兎のズル休みラジオ」のパーソナリティをつとめた際、興味深い発言をしている。


【文化放送超!A&G+】月ノ美兎のズル休みラジオ【#1】

こちらでも数々のクレイジーなエピソードが語られているのだが、今回注目したいのは本編14:13~からの発言、「日常にバグを起こしたい」というものだ。

この発言から美兎氏は「日常」を深く理解しており、「日常」はあまり面白さが感じられないものであると考えていることがわかる。そして、そのあまり面白くはない「日常」に、少しの「バグ(あるいはスパイスと言い換えてもいいだろう)」を与えることによって、世界が格段に面白くなると考えていることがわかる。

 

つまり、美兎氏は初めから「面白い世界の中にいる」のではなく、自ら「世界を面白く造り変えている」のだ。

彼女が生きているのは我々と同じ世界で、彼女が送っているのは我々と同じ日常なのだ。ひとつだけ違うのは、彼女から「面白い」方向に向かっているという部分だけ。

 

そして彼女と同じ世界に生き、日常を送っている我々にとっても、世界を面白く造り変えることは決して難しいことではない。

肉をレジン加工したり、ブロッコリーをラッピングしたりというような物理的な干渉はせずとも、例えば町にある張り紙をいつもとは違う視点で見てみよう、とか、そういったほんの些細なことでいい。一見どこに面白さがあるのかわからないようなものでも、自分の意識一つでいかように面白く造り変えることができるのだ。

 

ひゃくまる氏のエッセイや美兎氏のトークを聞いて、なぜ自分の周囲では面白いことが起きないんだろう、という風に思っている方は、今すぐにその思考を反転させてみよう。周囲が面白くないのであれば、自ら面白さを見つけに行けばいいのだ。

スマートフォンから顔を上げて、少しだけ塀の張り紙に注目してみる。少しだけ看板に注目してみる。少しだけ昨日との変化を探してみる。そうしているうちに、通勤の道で、通学の道で、思いもよらぬどこかで、きっと今までになかった新しい何かに出会うことができる。

 

おもしろきこともなき世をおもしろく。

すみなすものは心なりけり。

 

 

最後になるが、月ノ美兎氏は2020年、ソニーからアーティストとしてデビューすることが決定している。これで彼女がかねてより目指していたバーチャルアイドルという夢に限りなく近づいたと言っていいだろう。


【TVCM】月ノ美兎メジャーデビュー告知スポットCM

Vtuber文化のパイオニアであり、今もなお第一線で業界を引っ張ってくれている美兎氏。私がVtuberと出会えたのも美兎氏がいてくれたからに他ならない。まったくもって、彼女には感謝の言葉しか浮かばない。

 

いつか浮かんで宇宙まで。その夢がひとつでも多く叶うことを心より願う。

 

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