MORYO通信 ~Urbs Communication~

本を読んで勝手にいろいろ言います

アンジュ・カトリーナ 童貞同士は引かれあう 『童貞 著 夢野久作』

本記事は夢野久作著『童貞』の、多大なネタバレを含んでいます。勝手ながら、ネタバレを不快に感じる方はブラウザバックしていただきますようお願い申し上げます。

 

「童貞」と聞くと、「野暮ったい見た目の、ダサい服を着た、オドオドしてるやつ」のイメージが浮かぶのはなぜだろう。きっとそんな見た目じゃない童貞だっているはずなのに、決まってステレオタイプのオタクみたいな姿を思い描いてしまう。

最近ではお笑い芸人の粗品氏も童貞を自称しているが、見た目だけならば「遊んでいる」と言われても納得できる。しかし中身は2010年近辺のニコニコ動画全盛期を経験したゴリゴリのオタクである。やはりオタクは童貞の可能性が高いのかもしれない。

電車男』でそのイメージが定着した感もあるのだが、実際はそれ以前からそんなイメージなのだろうか。というのは、後述の夢野久作氏が教えてくれるのでいったん置いておこう。

 

さて、女性にも関わらず、「童貞」の異名を押し付けられているバーチャルライバーが存在する。にじさんじ所属、公式美少女錬金術師のアンジュ・カトリーナ氏その人である。

 

彼女は雑談配信をメインとしていて、数時間近く喋り続けられるトーク力、イケボとも称される低音域の声、そして薄い胸というチャームポイント(?)を持つ、現在YouTube登録者数20万人を超える人気ライバーだ。視聴者をFCL(フル・チン・リスナー)と呼称し……まあ前置きはこの辺にしておこう。

 

そんな彼女だが、以下の配信(1:03:19~)で自ら童貞であることを認めている。

 

彼女はなぜ「童貞」と呼ばれてしまうのか。

 

これはアンジュ氏を知っている方なら言わずもがなだが、行動の節々で、「童貞がやりがちな行動、反応」をしているからである。

 

例えば、以下の配信(00:42:36~)が代表的な例だ。

こちらでは、マインクラフトで同時にログインしていた夢月ロア氏と偶然遭遇した際、気付かれるまで一旦遠くから眺め、何度かチャットを打ち直した後、へへ……と笑いながら「何してるの?」と問う姿が確認できる。

「自分から話しかけない」「相手に送るメッセージをいちいち吟味する」「意識している相手に半笑いで話す」は童貞の特徴に分類される。

 

次に、以下の配信(03:28:03~)にも童貞の特徴が見られる。

こちらでは、下ネタがわからなかった先輩に対して、他の先輩から下ネタを解説してあげろと催促され、恥ずかしがる姿が見られる。

「無理やり下ネタを言わされる」「恥ずかしがってる姿をかわいいと言われる」もまた、童貞の特徴だろう。

 

他にも、同人誌や青年誌が好きだと公言し、見た目や声がボーイッシュであることも「童貞」と呼ばれることにつながっているといえる。以上、Q.E.D 証明終了。

 

しかし、誰がなんと言おうとアンジュ氏は女性であり、童貞にはなりえない……というのは実は違う。広辞苑によれば、童貞は「まだ異性と交接していないこと。また、その人。主に男子についていう」とある。実は、「童貞」は女性に使ってもギリギリ許容範囲の語なのだ。

 

と言い訳をしたけれども、今や「童貞」は単に性行為の経験がない男性を指す語ではなく、新しい概念に成り代わっていると言える。

 

「童貞」はもはや民族的仲間意識だ。

 

以前書いた記事で、ニュイ・ソシエール氏に「おっさん」として親しみを感じる視聴者がいると書いた。

それと同じで、全国の童貞リスナー(童貞に限らず)は、アンジュ氏に「童貞族に属する者」として親しみを感じているのである。

アンジュ氏の童貞的行動は身に覚えがある方もいるだろうし、あまりにも彼女がステレオタイプの童貞然としているので、「あ~、これは童貞っぽいな」となる非童貞リスナーの方も多いだろう。

それは、「あるある」の笑いに近い。昨年M-1を優勝したミルクボーイなどが得意としている、「それ、あるよな、思うよな、やっちゃうよな」という大衆の偏見を笑いに昇華する、それだ。ああいったネタは親近感があるからこそ笑えるのだ。コーンフレーク、ちょっと残しちゃうよな。最中、二つも食べないよな。ハハハ。

その「童貞あるある」を、アンジュ氏は自然にやっているのだ。メッセージ送るとき、何回か打ち直しちゃうよな。下ネタ、無理やり言わされるよな。ハハハ。

そして、こういった「童貞あるある」に該当する行動をする人たちが、現在「童貞」と呼ばれるのである。

 

付け加えると、同情からくる憐憫の情もある。いわゆる「可哀想はかわいい」というやつだ。アンジュ氏は先輩やリスナーからことあるごとにイジられる。かわいい女の子が意地悪されている姿を見て胸に来る男性リスナー諸君も多いことと思う。

 

また、「童貞」であること、「可哀想でかわいい女の子」であることの二つを満たしているアンジュ氏は奇特な存在であると言える。なかなか女の子の童貞はいない。これらは現在の彼女の人気を支えている大きな要素であると言える。

 

そして、彼女に引かれた童貞リスナーから新しい童貞リスナーへ、アンジュ氏の「ドウテイズム」は広まっていき、視聴者は増えていく。

 

童貞同士は引かれあう。

 

 

さて、童貞といえば『少女地獄』に収録されている、夢野久作著『童貞』だろう。

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この作品の主人公・昴作は、肺病に罹っている、今にも死にそうな童貞のピアニストだ。

彼はたまたま街中で美女に声をかけられ、銀貨を渡すので乳母車を運んでおいてくれないかと頼まれる。今まで女性に声をかけられた経験も少なく、美女に心を奪われる昴作。答える隙も与えられず、銀貨を押し付けられたので仕方なく乳母車を押していく。しかし道中で警官に止められ、取り調べを受けている最中に血を吐いて倒れてしまう。

目を覚ますと、女の正体は夫殺しの悪女であるらしいと警察の話を聞く。その後は街を逍遥する昴作。口の中はさっき吐いた血が残り、不潔で気持ち悪い。町中に彼女の幻影を見ながら歩いていると、やがて草原にたどり着く。そこに寝転びながら周囲の生活音を聞き、彼は自らの音楽が偽物だったと気づく。

すると草原に人影が現れる。それは先刻の美女だった。彼女は昴作を警官と勘違いし、宝石を握らせ、見逃してくれと懇願する。昴作は彼女の手を握り締め、じっと美女を見上げる。その姿を見て、美女は「それならそうと」と言い、昴作に覆い被さりキスをする。しかし美女は直後、昴作を跳ね除けて嘔吐し、どこかへ逃げていくのだった。昴作はその後ろ姿をただじっと眺めていた……。

 

なんて悲しい、悲しい物語だろう。

 

でも、今の童貞とそこまで本質が変わっていないというのが面白い。きっと現代の童貞が街中で美女に声をかけられたら、こんな反応してしまうんじゃないだろうか。 

もし童貞の読者の方がおられるのであれば、なんとか昴作のような人生を辿らぬよう切に祈る。アハ、アハ、アハハハハハ……(なんかこの笑い方ってアンジュさんっぽいよね)

 

なお、同作は『人間腸詰(にんげんそーせーじ)』にも収録されている。夢野久作初心者にとってはハードルの高い奇作揃いと感じるためお薦めはしないが、一応紹介しておく。今なら標題作『人間腸詰』が試し読みで全部読めちまうんだ!

まあ青空文庫にもあるんですがね。しかし、悲しいかな『童貞』は青空文庫に掲載されていないのだ。エーエ。畜生めエーー

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最後に、童貞という不名誉な紹介をしてしまったアンジュ氏だが、それ以外にも彼女の魅力は潤沢に存在する。また彼女を「美少女」と紹介したが、正確には2x歳である。しかしたまに18歳を自称する。そういった多様な需要にも答えていけるのはバーチャルYouTuber特有の強みだろう。

アンジュ・カトリーナ。今後、その魅力を存分に発揮し、ますますの活躍を祈りたいライバーの一人だ。

www.youtube.com

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